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暁橋のたもとから

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離島と本土を繋ぐ日本最小の『暁橋』のたもとから、娘と善き隣人に届けます。

31年振りの捕鯨再開に思う事 ・・・其の8(最終回)

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キャッチャーボートから平頭銛が発射された瞬間  此方より寸借

 


 7月2日のブログ記事『31年振りの捕鯨再開に思う事 』 から、7回に亘って、鯨や捕鯨に対する儂の思いを、様々な角度から語って来たんじゃが・・・。


 捕鯨が再開されて間もない、今の段階じゃと、語れる事は、これぐらいに思えるけぇ、今回で一区切りにしようと思うんじゃった。






 最終回にあたり、先ずは、この記事を読んで戴きたいと思う。
 


 
 英文記事 ⇒ 『Japan and the whale』



 この記事は、2016年2月9日に、BBCの東京特派員である、ルーパート・ウィングフィールド・ヘイズ氏の手により制作された。


 記事では、日本の捕鯨の歴史や現状を踏まえ、「何故、日本は捕鯨をするのか?」と、言う事を問い掛けている。



 賛同する事は出来んのんじゃが、とても良い記事じゃと思ぉた。



 記事は、「とても陳腐に聞こえるかもしれない。しかし、日本が捕鯨を続ける決意が固いのは、捕鯨関係者が多い選挙区から選出された数人の国会議員と、予算を失いたくない数百人の官僚たちのせいと言えるかもしれないのだ。」と、言う一文で締め括られちょった。



 この意見には、儂も大いに賛同すべき処があったけぇ、敢えて、この記事を掲載させて戴いたんじゃった。



商業捕鯨の再開を目指した日本の提案が否決された国際捕鯨委員会・2018年9月  此方より寸借



 此れを言うと、「理想論」と笑い飛ばされるじゃろぉが、「日本は、国際捕鯨委員会に留まり、より正確な資料を示し、商業捕鯨再開の有益性を主張し、外交努力によって味方を増やして商業捕鯨を再開するべきじゃった。」と、思ぉちょるんじゃった。



 じゃが、これは土台無理な話じゃった。


 抑々、「国際捕鯨委員会」は、「乱獲によって枯渇していた資源としての鯨を、科学的な調査により、鯨を増やしながら、適正な捕鯨を行う為の、各国ごとの捕獲数の割り当てを行う」為に設立された筈じゃった。



 当初は、十数か国で組織されたんじゃが、各国毎の諸事情により、脱退や加盟や復帰が繰り返される中で、アメリカを中心とした「反捕鯨国」が、自分達に都合の良い意見を持つ国々を加盟させて、捕鯨反対派が大多数となる組織に作り替えて仕舞ぉたんじゃった。




 その上での、商業捕鯨や調査捕鯨の全面禁止じゃけぇ・・・この状況の中で、多大な国費を費やして、国際捕鯨委員会の運営費の大半を支払う事の虚しさと切なさは、「脱退」と言う判断に至ったんじゃろう。



 抑々、日本を世界最大の捕鯨国に成る様に仕向けたんは、「アメリカ合衆国」じゃったのに・・・



ダグラス・マッカーサー  Wikipediaより寸借



 1945年(昭和20年)8月14日に、日本は連合国に対し、ポツダム宣言の受諾を通告した。



 翌日の8月15日に、「玉音放送」が流されて終戦を迎え、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)によって、占領統治されたんじゃった。



 連合国軍最高司令官 (SCAP)じゃった、ダグラス・マッカーサーには、日本を統治するに当り、様々な難題が待ち構えちょったんじゃが、最も差し迫っていた問題は、「戦争によって飢餓状態に在った日本人の食糧をどうするか?」と、言う問題じゃった。



 第二次大戦の戦勝国である、現在の国連の常任理事国5か国(アメリカ・イギリス・フランス・ロシア・中国)の中で、国土が戦場と成らなかったアメリカだけが余力が在ったが、イギリス・フランス・ロシア・中国には余力どころか、食料は枯渇しちょる状態じゃった。
 


 オーストラリアやカナダをはじめとする、イギリス連邦加盟国を有するイギリスには余力が有りゃぁしたんじゃが、フランスをはじめとするヨーロッパ諸国への援助で手一杯じゃったし、アメリカもユダヤ人をはじめとするヨーロッパ各国への援助に重きを置いたんじゃった。



 まぁ、それが当然の流れじゃろぉ。


 かと言ぅて、占領しちょるのに、目の前でバタバタと餓死して行くんを放っちょく訳にも行かんけぇ、思案しとる処に1人の男が現れたんじゃった。


 中部幾次郎(林兼商店の創業者・後の大洋漁業、現在のマルハニチロの前身の一つ)である。


 彼は、マッカーサーに、「南氷洋での捕鯨再開が日本国民の食糧難を改善する」と働きかけ、操業許可を得て、マッカーサーの計らいにより、米軍の中古タンカーが、2隻の捕鯨船に改造され、急拵えの捕鯨船団が南極海に向かったんじゃった。



 戦後の日本の捕鯨(戦時中、日本の捕鯨船は軍によって徴用され一艘も無かった)は、GHQの尻拭いをする形で、GHQの全面的な後押しを受けて再開したんじゃった。



 この御蔭で、日本人は飢餓から救われ、一般人も、鯨を食べる習慣が、日本中に普及したんじゃった。(前回の記事でも述べた様に、戦前は、鯨肉は高級品で、一般人は食べる習慣は無かった)



以下はWikipediaより

 連合国は占領目的の巨額な財政支出(例:終戦処理費として約50億ドル)と労働力を日本政府に負担させる一方で、日本の経済的困窮は日本の責任であると切り捨て、日本国民の努力でまかなうこととした。

 1945年(昭和20年)9月22日「降伏後二於ケル米国ノ初期ノ対日方針」には、「日本国民の経済上の困難と苦悩は日本の自らの行為の結果であり、連合国は復旧の負担を負わない。日本国民が軍事的目的を捨てて平和的生活様式に向かって努力する暁にのみ国民が再建努力すべきであり、連合国はそれを妨害はしない」との旨を明記してある。

 1945年(昭和20年)11月1日の「日本占領及び管理のための連合国最高司令官に対する降伏後における初期の基本指令」にも、占領軍最高司令官は「日本にいずれの特定の生活水準を維持し又は維持させるなんらの義務をも負わない」と記されている。

 1945年(昭和20年)12月3日の指令では「日本人に対して許される生活水準は、軍事的なものの除去と占領軍への協力の徹底にかかっている」と記載されている。




 終戦直後、アメリカ国民の、日本人に対する反日感情が強かったし、日本へは、チョコレートとガムをばら撒く程度の余力しか無かった言ぅ事じゃろぉ・・・。




アメリカのテレビドラマ「Rawhide」 此方より寸借



 儂が幼少の頃、アメリカのテレビドラマ「ローハイド」がテレビで放送(たぶん再放送じゃと思う)されよって、凄い人気が在った。



 話の内容は、南北戦争後の1870年代のアメリカ西部を舞台に、テキサス州のサンアントニオからミズーリ州のセデリア(セダリア)まで約3000頭の牛を運ぶカウボーイ達の長い道中ロングドライブで起こる、様々な出来事や事件を描くものじゃった。



 儂は、クリント・イーストウッド演じる、ロディの大ファンで、銃を打つ真似やロープで牛を捕まえる真似を、よぉしたもんじゃった。



 当時、テレビ放送じゃと、アメリカのドラマが隆盛で、他にも「ローン・レンジャー」「スーパーマン」「ララミー牧場」「アンタッチャブル」「ミステリーゾーン」「ベン・ケーシー」「コンバット!」「じゃじゃ馬億万長者」「逃亡者」etc.・・・枚挙に暇がない。



 当時、録画の技術が無かった為に、日本で制作されるテレビ番組は、ほぼ生撮りで、数が少なかったし、また、金の掛け方が圧倒的に違うけぇ、子供ながらにもショボく感じ、殆ど見んかったし、記憶にも薄いんじゃった。



 精々、「シャボン玉ホリデー」くらいじゃが、初期は、儂が生まれた1961年(昭和36年)6月4日~1972年10月1日1まで放送されちょったらしぃけぇ、どの辺りからの記憶かは定かじゃぁ無いんじゃが・・・。



 当時、アメリカのドラマが頻繁に放送されちょったのには、技術的な問題だけじゃぁのぉて、GHQが行った占領政策の「名残」じゃったらしい。    



 当時、GHQは、占領国であるアメリカのイメージアップを図るために、それは、食料や物資やインフラの整備だけじゃのぉて、文化や芸能にまで及び、「アメリカは豊かで平和を望む善良な友達の国」とでも言わんばかりに、映画や音楽などの配信にあたり、タダ同然で提供したんじゃった。



 銀幕の中には、「平和で豊かなアメリカ」が在り、日本人は、アメリカに憧れ、見た事も無い様な御馳走や、煌びやかな衣服に、天まで届きそうな摩天楼に、華やいだ日々の暮らしがあった。



 人々は、アメリカに憧れ、感謝し、「アメリカに近付く事こそが真の幸福だ」との思いを植え付けられたんじゃった。


              

 1952年(昭和27年)4月28日 サンフランシコ講和条約が発効して日本の主権が回復し、GHQの進駐が終わったんじゃが、現在に至るまで、アメリカの影響力は誇示され続けちょるんじゃった。



握手を交わすトランプ大統領と安倍首相  此方より寸借




 1960年代に入り、日本は目覚ましい復興を遂げ、経済力を付けてきた。




 すると、今度は、「生活も豊かになって来たんだし、余裕も出来たろぉ・・・もう、鯨なんか食わずに、我々が育てた穀物や、牛や豚を買って食べなさい。」と、言い始め、得意の悪知恵を駆使し、様々な圧力をかけ、様々な妨害工作を使って、捕鯨禁止に追い込んだんじゃった。




 欧米には、『鯨やイルカは知能の高い生き物だから・・・』『鯨やイルカは可愛いから・・・』と言う考えを持つ人々が多く、この感情から、捕鯨に反対する人々が多い。



 以前の記事の中で、「その者を、可愛いとか、好きだとか、愛する気持ちは、あらゆる理屈を超越した感情なんじゃと思う。」と、言った様に、これは、如何なる科学的なデータや論理を駆使しようと、日本の食文化や捕鯨の歴史を説明しても、説得は不可能なんじゃった。




 自分の育てた穀物や牛や豚を、より多く、より高く買って欲しい農民がおる。




 自分の愛する鯨やイルカを護りたいと思う心優しい人がおる。




 ただ、いくら多くの人々が、「個人的な可哀そう論」を展開して、デモを行い、シュプレヒコールを挙げようとも、『そんな考えの人も居るじゃろぉ。』と、聞き流しておいても実害は無いんじゃが・・・。




 じゃが、此れが、纏まって、選挙の得票に繋がるとなると、大きな力に成り、更に纏まれば、世界をも動かす力に成るんじゃった。




 自分の票と寄付金に繋がり、国益に繋がれば政治家は全力で努力し、その努力と結果が、更なる票と寄付金に繋がる・・・

 



 『反捕鯨』は票と寄付金と国益に繋がるが、『反核』は票と寄付金と国益に繋がらんけぇ、なかなか実現せんし進みもせん。

 



 「我々の正義が捕鯨を止めた」と、勝利の雄たけびを挙げた者達の地球の裏側で、職を失い、生活に困窮し、人生や命さえ失う者がいる。




 

「そがいに嬉しいか‼」と、叫びたい。



調査捕鯨再開の決議文を首相に提出する代表議員  此方より寸借



 日本も大差ない・・・『目糞鼻糞を笑う』じゃろぉか・・・。



 今回の捕鯨再開には、政治力が働いた事に疑う余地は無い。



 選挙期間中でも在るけぇ、「誰がどうした」とは言わんけど、政治力に頼ると言う手段しか無いじゃろぉかと、いつも疑問に思いながらも、良い方法も思いつかんけぇ、黙っちょるしか無いんじゃが・・・。



 1960年代に20万トンを超えた鯨の国内消費量は、2017年度は約3000トンにまで落ち込んじょる現在、『鯨肉の国内需要が、最盛期の数パーセントしか無い今、世界中から反対されて迄、捕鯨を再開する意味が在るのか?』との思いが、心の何処からか分らん処から湧いて来る。



 儂が住んじょる、目の前の広島湾さえ、世界の海と繋がっちょるけぇ、彼是言われてもしょぉがないんじゃが、何処かで折り合いがついて、心に何の蟠りも無しに、鯨料理が造れる日が来るんを願ぉちょるんじゃけど・・・・。





 そぉ言やぁ、今日は『海の日』じゃったねぇ。・・・暁橋のたもとから




Commented by pirokinpirokin at 2019-07-15 12:20
深いですね
共産国との境に置かれてアメリカの
言いなりになり・・・・・
でもアメリカのおかげで豊かになり
私には日本の自由主義は何時かは凄い
形に変わるような気がします。(^_^;)
Commented by pn63nr at 2019-07-15 12:54
いくつもイイねを下さったのに、ぴたりと止まった。どうした。具合でも悪いか。ブロバイダリニューアルしたらいいネが続いてよかったと思いました。
連休最後の日、相変わらずの暗い日です。またもや、じっくり読ませていただきました。我が家のテレビ?のせいじゃない。わが耳が壊れてるから、音はすれど、画だけ見てる。だからパソコン。
あなたは失礼ながら、どちらの産。私は満州産、1935年。あなたより一個うえだわ。なぜ満州にこだわるか。毛、沢東の共産系になってからの中国とはどうもね。周 キントウさんは物分かりがよかったけどね。
古い話なら尽きません。またね。
by sakananoojisan | 2019-07-15 01:40 | 思った事 | Comments(2)

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